忙しさとともに飽食を選択してしまった

歳を重ねると昔の事が、昨日の様に蘇る。今朝、珈琲を半分カップに入れ、別のカップに牛乳を半分入れ電子レンジでチンをした。珈琲カップに牛乳を入れて飲んだ。

ポット

本来なら、ポットから珈琲と牛乳を同時にカップにも注ぐべきだが、手間を端折ってしまった。このカフェオーレは、スイスの田舎町にホームスティしていた頃の朝の食事である。これにパンが一切れだけだった。朝取れの鮮度な牛乳だから、それだけで元気になる。昼も夜も、ポテト中心の質素な食事だった。

今想う。忙しさとともに飽食を選択してしまったようだ。飽食は、何の役にも立っていないのかも。

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