夏の思い出

甲子園を目指して各県の代表校が決まり始めている。わしも野球部にいた。高校に入って始めて野球をやったので、硬球に対する恐怖感がゼロだった。

その当時、体重が48㎏しかなかったので、基礎体力がない。同期は小学校、中学校と軟式野球をやり体力もあり体格もいい。アウエー感を味わいながらも二年間続けた。

四十歳になっても、野球部の辛かった夢を見た。夏の炎天下の練習では、水も飲ましてもらえない。ある日、一人が倒れた。

わしが介護することになり、日陰に連れていき、バケツにタオルを浸し、熱を冷ますことにした。

痙攣などはないので、今で言う軽い熱中症。わしも喉の渇きに耐えられず、そのタオルを吸ってしまった。

汚いとかヤバイとか、脳は判断しない。いつ吸うの?今でしょう。仲間が我慢して練習している中、本能に任せたこの行動で罪悪感に苛まれた。

実はいい思い出の方が多い。県下屈指の剛腕ピッチャーの西田先輩とドカベンのような大男のスラッガーの小島先輩に可愛がられたことだ。

半年もすると、西田先輩のブルペン捕手を任せられるほどにキャッチング技術は上達していた。また、クマのように大きな小島先輩は、柔軟体操のベアを組まされた。

二人とも、わしを褒めた。すべて、細いのに、初めてなのに、凄いなのだが、べた褒めに聞こえる。そんなわけで、同期は足手纏いのわしを煙たがったはずだ。

その年、強豪がひしめく神奈川県で、ベストエイトになり、県立高校では、何十年ぶりの快挙と神奈川新聞が報じた。

ところで、ポジションはどこだったの?と息子に聞かれたので、胸を張ってこう答えた。『最も重要なポジションのベンチウォーマー』だよ。